DIRECTOR’S
MESSAGE
ごあいさつ
BIWAKOビエンナーレ2027 “共鳴〜RESONANCE”
21世紀の幕開けとともに産声を上げたBIWAKOビエンナーレは、2027年、第12回を迎えます。
初回に掲げた “ZEP TEPI 〜ガイアの覚醒” には、「有史以来途絶えることのなかった戦争というカルマを、21世紀こそは克服し、殺戮の歴史に終止符を打てるのではないか」という祈りにも似た淡い期待が込められていました。1960年代頃から時代の転換点を予見する物理学者や哲学者が登場し、その到来が待ち望まれていましたが、現実の争いは止むどころか悪化の一途をたどっています。今まさに私たちが直面しているパラダイムシフト。それは、かつて望んだ「人類の次元上昇」とは程遠く、皮肉にも人類滅亡の危機をはらんだものとして、冷酷に立ちはだかっています。
人類は自らの幸福を追い求め、テクノロジーを絶え間なく発展させてきました。しかし、その究極の地点とも言うべき、自らが生み出した人工知能によって、今や人類は滅亡の危機に瀕しています。人類の知能を凌駕しつつあるAIが、汎用人工知能「AGI」、さらには超知能へと肥大化していく現状に、制作者たち自身が警鐘を鳴らしながらも、誰一人としてその暴走を止めることはできません。「我々はどこに向かおうとしているのか」―この問いに真摯に向き合うべきときを、我々はすでに失ってしまったのでしょうか。
今、この類稀なる美しい星“ガイア”の怒りの大きさを前に、私はただ愕然とするばかりです。地球を破滅へと導く核爆弾を何千発も作り維持しながら、それでいて「抑止による安全」を嘯く人類。AIがもし地球の存続を考えるとしたら、そのボタンが押される確率を皆無にする方法、つまり人類そのものの消滅こそが最上の方法だと判断するかもしれない。飽くなき闘争を繰り返し、他者への敬意を欠いたまま、エゴのために無数の種を絶滅に追いやってきた人類。私たちは今、そのツケを、自らの手で生み出した創造物によって支払おうとしているのでしょうか。かつて恐竜が絶滅し、気候変動や天変地異によって消え去っていった種はありました。しかし、自らが産み落としたものによって自滅するという結末は、地球の歴史上、前代未聞の「愚かさの極み」としか言いようがありません。
実際、人類の消え去った地球を想像するとき、そこに浮かぶのは、植物や動物たち―あらゆる生命が調和の中に生きる、緑豊かな美しい光景です。なぜ、人類はこの地球に出現したのでしょうか。我々の存在理由、その意義はどこにあるのでしょう。私はこれまで幾度となくこの問いを重ねてきました。しかし、美しい音楽や芸術をゼロから創造し得る存在は、この世界で人類をおいてほかにいません。その営みこそが、我々がこの地球に生かされるべき最大の赦しであり、存在理由の一つなのではないでしょうか。
BIWAKOビエンナーレが誕生した頃、日本にはまだ芸術祭と呼べるものはごく僅かしか存在しませんでした。しかし今や、100を超える芸術祭が全国で花開いています。これは無意識にではありますが、悪しき状況への抵抗と見ることができるのではないでしょうか。芸術祭を通じて人々が分かち合う共感と感動は、人間に宿るもっとも気高い資質です。目に見えずとも、精神の深層で響き合うこの“共鳴”こそが、AIに人類消滅の未来を思いとどまらせることにつながるかもしれない。それは、私の楽観が生んだ微かな光に過ぎないのかもしれません。それでも、一人ひとりの生命エネルギーが脳のニューロンのごとく繋がり、共鳴し合えるならば、私たちはパラダイムシフトの結末を人類の滅亡ではなく、地球のあらゆる生命との共生という選択へと導けるのではないでしょうか。人類の手に負えない超知能の存在をどう受け止めればいいのか、私たちは未だ答えを持っていません。しかし、超知能の親であり、その膨大な知の源泉が我々人間にあるのだとしたら、人間の美しき側面もまたAIの中で育まれ、人類を生かすという選択の可能性を信じてみたい。そのために私たちは、国境を越えた争いを一刻も早く止め、自らが「地球という船に乗る一つの種」であることを思い出す必要があります。謙虚に、他の生命とともに歩む道を、今こそ自らの意志で選択すべきではないでしょうか。それが現状でいかに困難を極める道であるのかは想像に難くないですが、しかし、自滅を回避するほかの道が、果たして我々に残されているでしょうか。人類が自らの手でその歴史の幕を引くのか、それとも新たな未来を紡ぐのか。決断を迫る刻限は、すぐそこにまで迫っています。
日本の母なる湖、琵琶湖のほとりで「BIWAKOビエンナーレ」が毎回美しい交響曲(シンフォニー)を奏でてこられたのは、アーティストはもとより、同じ理想を抱く多くの人々の生命エネルギーが深く共鳴し合ってきたからにほかなりません。そして迎える2027年。人類の命運を左右するパラダイムシフトが加速する中、この地で再び芸術祭が幕を開けます。ここで生まれる共鳴が、来場してくださる皆様の心へと繋がり、やがて宇宙の彼方へと鳴り響くことを。そして、混迷を極める人類が明るい未来へとシフトしていくための一助となることを心から願っています。
2026年10月6日
総合ディレクター 中田 洋子
ディレクタープロフィール
中田 洋子 / NAKATA YOKO
京都に生まれ、2歳より滋賀県大津市で育つ。関西学院大学文学部美学科卒業後、同年、1980年ニューヨークに留学。1985年から1995年、マニラで事業を展開。1995年フランスに移住。故郷滋賀の豊かな歴史・文化・風土が失われていくことへの危惧を感じていた中、古い町並みを生かし、伝統文化を守りながら新しいものを融合させていくヨーロッパの街の在り方に感銘を受ける。2000年、エナジーフィールドを立ち上げる。フランスを拠点に世界各国のアートを見てきた経験を生かし、二拠点生活を送りながらBIWAKOビエンナーレを開催。2017年11月、完全帰国。時に残酷で利己的な側面を持つ人間。そんな人間の最も美しい側面は創造性と探求心であるとの信念のもと、現在も精力的に活動を行う。
国外コミッショナー(韓国)
イ・ナヨン / LEE NAYUN
インディペンデント・キュレーター、美術評論家。弘益大学校絵画科を卒業後、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツで美術批評の修士号を、ソウル大学校で美術経営の博士号を取得。済州道立美術館の館長を務めたほか、プロジェクト済州〈At the Same Time〉〈ホモ・ミグラティオ〉の芸術監督、第3回済州ビエンナーレのマネージング・ディレクターを歴任。現在は、オルタナティブ・スペース「セタンラウム(Seetangraum)」の共同運営者、『Seaweed(シーウィード)』の発行人として活動する。著書に『ニューヨーク、いまの美術』『ニューヨーク生活芸術遊覧記』『美術旅行』。BIWAKOビエンナーレでは国外コミッショナー(韓国)として、韓国側での助成金獲得などに尽力している。